1899年にヨークシャーの庶民の娘として生まれた著者。父親は公爵お抱えの石工、母親は公爵家の洗濯場メイドの仕事をしていましたが、生活はラクではなかったようです。
ですが、仕事を選ぶ苦労は無かったのです。奉公にあがるもの、と決まっていたから。
そして著者には1つだけこだわりがありました。それは「旅行をしたい」という願い。
それを知った母親はこうアドバイスします。「お屋敷勤めの召使いのうち、男なら従僕、女ならお付きのメイドは、ご主人がどこに行くときでもお供をするのが普通だ」って。
ここで著者の人生が決まったと思います。ハウスメイドか厨房メイドとして奉公に出て、働きながらお付きメイドをめざしたらどうか、と言う著者に母親は、「いったん何々メイドという色がついてしまったら、どうしたってそこから抜け出せるもんじゃない。だめだよ。最初からお付きメイドとして奉公しないと」と言うんですねぇ。
そしてその仕事を得るのに必要なのは、フランス語と婦人服の仕立て方を習うことだったのです。
子爵夫人相手の仕事の問題点は、子爵夫人が典型的なイギリスの上流階級の淑女でなかったこと! 夫人は女性で最初のイギリスの国会の会員議員にもなった人であり、強烈な人柄でもあったようです。
たとえば、最初に用意するよう言ったものとは別の服を着ると言いだすのも毎度のこと。指示されたとおりにしなかったと著者を責め、反論すると著者を嘘つき呼ばわりする。大声で怒鳴ったり荒れ狂ったりするようすは、市場の魚売り女のようだったそうです!
それにしても驚かされるのは、この時代の上流階級の生活の豊かさです。お屋敷をいくつも所有し、それぞれに使用人が相当数いるのですから。
またイギリス王室とのつながりも深くて驚きます。子爵夫人は、エリザベス女王の戴冠式にまで出席しているんですよ。
パーティや舞踏会もしばしば大規模に行われます。
それから、使用人にもランクがあり、上級使用人と下級使用人では食事の場所も違う、という!
著者の「旅行がしたい」という望みも叶えられます。夫人に付き添って、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカなどへ何度も旅していますから。
第二次世界大戦中にはプリマスで数度のひどい空襲に遭って、使用人総出で焼夷弾による火災を防ごうとしたりもしています。
夫人が亡くなったあとも、その子どもたちから年金が支給され、家族のような愛情をもって接してもらっていた著者。
それは周りの人たちが著者と夫人との関係を認めていたからなのでしょう。
著者も書いていますが、まさに彼女はお付きメイドという職業の頂点に登りつめた女性でもありました。読んでいると、頭もそうとう良かったのではないか、と思います。
「おだまり、ローズ」と言われても、ここぞという時には女主人に対しても正論を言う。まさに丁々発止のやりとりも頻繁に出てきます。
そして子爵夫人も、そういう人間がお好みだったようです。
上流階級に仕える使用人が書いたとされる作品としては、カズオ・イシグロの「日の名残り」がありますが、あれは執事が主人公のフィクションでした。面白かったですけども。
使用人が庶民の目から見た上流階級というものは、興味がありますね。それは「珍し物見たさ」なのでしょうか? 私たちには縁の無い世界ですから。
350ページの長い回想録ですが、活字のフォント、版組みなどが私の好みで、翻訳も素晴らしいです。
タイトルですが、原題は「The Lady's Maid My Life in Service」ですが、よく「おだまり、ローズ」にしたなぁ、と思ったら「訳者あとがき」に詳しくその経緯が書かれていました。
仮題は「ローズーー子爵夫人付きメイドの回想」だったそうなんです。
ところが訳者が「白水社さんらしい上品なよい題名ですね」と言った後、「これがギャグまんがだったら題名はずばり、レディ・アスターの『おだまり、ローズ』で決まりよね」と笑ってからじきに、ヒョウタンから駒というか、会議の席で出た「おだまり」案が大受けで、このタイトルになったそうです!
タイトルって大事ですよね。
図書館の新刊案内で見つけて予約したのですが、その後、新聞かなにかに書評が載っていました。
おまけ: 今朝、庭を掃除していたら見つけました。落果した「オキスズ」ちゃん(^^;)。