実は先週くらいに「シニア世代、旅に出る インド・韓国・エジプト・中国編」↓という本を読んだのです。
その中の「中国編」で著者はシルクロードの旅の思い出を書いていたんですね。「河西回廊・西安から敦煌へ、夜行列車でトルファンへ、クルマでウルムチまで」の旅です。
そこに「遣唐使 阿倍仲麻呂」の名前が出てきて、「あ、阿倍仲麻呂のことは読んだことないなぁ」と思って図書館で借りたわけです。25年9月発行のわりと新しい本でした。
「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 御蓋の山に いでし月かも」で知られる歌人で、遣唐使で唐に行ったまま帰国しなかった人だなぁ、程度しか知らなくて(^^;)。
この「遣唐使 阿倍仲麻呂の夢」では、数多くの資料、文献を引き合いに出しながら、阿倍仲麻呂の足取りを追っています。
「青海、千里を越えて、唐の国に渡り、千人に一人ともいわれる苛酷な試験「科挙」に及第し、玄宗皇帝に仕えて、その閣僚になった男」とプロローグに書かれています。
この本を読んで知ったこと。まず遣唐使の旅がどれほど困難なものであったか。
実際、阿倍仲麻呂も玄宗の許しをやっと得て帰国の途に付こうとするも、暴風に遭い漂流。その後、沖縄到着。沖縄を出発後まもなく座礁。その後、出航するも漂流。今のベトナムに到着するも、180名の大半は、現地人との軋轢から、殺傷ないし行方不明。仲麻呂ら十数名のみ1年半後に長安にもどったんですねぇ。
結局、仲麻呂は日本への帰国を果たすことができないまま長安で亡くなります。
それと当時、唐では詩を読むことが出世にまで影響するほど大きな力を持っていたこと。学識と詩才がなければ「科挙」にも受からなかったそうです。
仲麻呂が日本に帰国することになった時、王維は送別の詩を贈っていますが、その詩と詩序の解説に多くのページが割かれているのもこの本の特長でしょうか。
唐に渡る前にある程度の学問を身につけていたとは言え、唐で「科挙」に合格し、トップ閣僚にまで登りつめた仲麻呂の才能はどれほどのものであったんでしょう。「立ち居振る舞い」もこの当時は非常に重きを置かれたそうで、仲麻呂はこの点でも目立って優雅、顔も端麗であったようです。
この本を読んでから、遣唐使についてもっと知りたくなりました(^^)。