外出続きの疲れが出てしまったのと、昨夜 (今朝?) 年賀状の宛名と添え書きを書いていたら明け方の2時になったことで、今日の予定はすべてオジャンになってしまいました (^^;)。
宛名と添え書きを書いていて焦ったのは、漢字を書き損じる回数が増えたこと (^^;)。 これはもうPCでしか文章を書かなくなったせいでしょう。 それとも急にボケたのかもわかりません。 ちょっと恐怖を味わいましたよ~!
それからまた借りてきた本をパラパラとめくり、その中の1冊を読んでしまいました。
読んだ本は年末にふさわしくない闘病記 ↓。
実は中島さんの闘病記は、先日2冊読んでこれが3冊目なのです。
先日読んだ 「アマゾネスのように」 は、彼女が1990年に乳がんが見つかり手術した時の闘病生活を書いたものでした。
次に読んだのが 「転移」 でしたが、「アマゾネスのように」 と 「転移」 の間にもう1冊、闘病記があるのを知って予約しました。 それが今回図書館から来たので読んだわけです。
この 「ガン病棟の...」 では2007年に膵臓がんが見つかって、築地のがんセンターで手術を受けることになったいきさつやその後の生活が書かれていました。
その後すぐに肝臓への転移が見つかってから書かれたのが先に読んでしまった 「転移」 なのです。
どうして闘病記を好んで読むのか、私なりに考えてみました。
1つには、自分もけっこう入院・手術を経ていて、著者の心境に共感できる部分があるということ。
もう1つは、もし自分が今後このような病気にかかった時のための覚悟ができるかな、ということでしょうか。
闘病記でいちばん何度も読んだのは江國滋さんの 「おい癌め 酌みかわさうぜ秋の風」 です。闘病記を 「面白い」 と批評するのはどうかと思うのですが、自分が江國さんと同じ体験をさせられている気がして、ツラくもなり、苦しくもなるのに読まずにはいられない、そういう闘病記なんですねぇ。
今年は、自分のインターフェロン治療1年後も1年半後も、おかげさまでウィルスが未検出といううれしい年でもありましたが、一方では母がころんで大腿骨を骨折、2度の入院・手術を見守るという経験もしました。
それらはもうずっと昔のような気がしているから不思議なものですね。
中島さんも著者の中で同じようなことを数回書いていました。 「人間はイヤなことは忘れるようになっているのではないか」 って。
近頃の私は、イヤなことだけでなく、あらゆることが脳内から消え去って行くようです (^^;)。